• 新しい時代にマッチしたPR力。新しい時代にマッチしたPR力。
    ikunoPR株式会社 PRプロデューサー 笹木郁乃
  • PRで翼を広げ、未来へPRで翼を広げ、未来へ

    ikunoPR株式会社 PRプロデューサー 笹木郁乃
  • 最短で劇的に「売れる」PR力。印象に残り、選ばれるPR力
    ikunoPR株式会社 PRプロデューサー 笹木郁乃

お知らせ

2017.11.16
PR塾10期 東京会場講座は満席となりました。現在はオンライン講座のみ受付中です。
2017.11.10
カラオケ、エンタメ経営者向け情報誌にて、笹木郁乃の連載コラムが掲載されました。
2017.11.8
PR塾9期 DEAR DEA中京テレビ運営コース 第4回目を開催いたしました。

PR。全員必須の時代。

今の時代、副業も推奨され、
会社に属するだけではなく、
一人一人自分の仕事を持つ人が増えています。

自分の仕事を持つとき。
セルフブランディング、
セルフプロモーションが
必要になってきます。

そして、情報に溢れる今の時代。
いいもの、良いサービス、
だけでは売れません。

多くの情報の中から印象に残り、
人の心を動かす<PR>が加わって、
初めて「売れる」現象がつくれます。

新しい時代にマッチしたPRを習得し、
翼を手に入れることができるかどうかで、
今後の飛躍に大きく影響すると考えます。

数々の個人事業主・企業を
急成長に導いた
今の時代にマッチした
ikunoPR株式会社の
PR・マーケティングノウハウで、
個人も企業も、
更に飛躍していきましょう。

PRで翼を広げ、未来へ。

Service

個人PR <選ばれるあなたに>

PRを専門とした日本唯一のPR塾で、
あなたの商品を世界へ届けましょう。

法人PR <「売れる」現象を>

数々の企業、個人事業主を
急成長に導いた
PR・マーケティングノウハウと、
今の時代にマッチしたPR戦略をつくり、
劇的に売れる現象を作り出しましょう。

Profile

ikunoPR株式会社 代表取締役
PRプロデューサー
笹木郁乃

ベンチャー企業を年商1億から5年で100億越えに関わったPRプロデューサー。PRの力で売上・認知・集客力アップサポート。3ヶ月先満席続きの日本唯一PR塾開講中。

1983年9月26日生まれ 現在33歳 宮城県生まれ

山形大学 工学部
機械システム工学科 首席で卒業。
大学代表として、日本機械学会畠山賞を受賞。

世界トップクラスのトヨタ系自動車部品メーカー
「アイシン精機株式会社」に
研究開発職として勤務。

その後、さらなるやりがいや
より自分の能力の可能性に挑戦したいと思い、
異業種転職を決意。
寝具メーカー「株式会社エアウィーヴ」へ
正社員一人目として入社。社長と二人三脚の日々を送る。
営業・マーケティング・PR を兼務。
それまで、1億円の年間売上だった会社を、
PRにて5年で120億円へ急成長させる。

再度スタートアップ企業の成長に貢献したいと思い、
10億円規模の鍋メーカーへ転職。
PR・マーケティング職として勤務。
自身が構築したPR戦略により、
12ヶ月待ちの予約殺到商品となる。

「認知のない企業・起業家」の急成長を
幅広くサポートしたいと考え、2016年2月に独立。
1年半で、約500名の経営者・起業家に対して、
PRについて直接指導。
日本唯一のPRに特化した3ヶ月間の「PR塾」は、
毎回満席・キャンセル待ちの人気に。
(2017年内まで満席)

特に女性が夢を叶え自己実現できる場を
日本中に増やしたいと思い、
メディアとの新規事業プロデュースにも
力を入れる。

・中京テレビ 主宰
女性が輝く学びアカデミー「DEAR DEA」
企画立案・プロデュース中。
HP: https://deardea.tv

・老舗ビジネス雑誌「経済界」
発行する株式会社経済界と新規プロジェクト
女性起業に特化した雑誌「EVAN」の
プロデューサーに就任。
活躍する女性管理職・女性経営者を増やす
プロジェクトをプロデュース中。

笹木郁乃の起業への道のりQ&A

Story

笹木郁乃の起業への道のり Q&A

なぜ最初は
自動車研究開発者になったのか?

4人兄弟の次女として育ち、大きな夢もないまま高校を卒業し、国立大学の理学部数学科に入学しました。
ところが、数学の定理を突き詰める数学科に在籍し続ける理由が見つからず、疑問を持ちました。そんな時、数学を使って人の役にたつモノをつくる工学部の機械科の講義を受ける機会があり、衝撃を受けました。そして、理学部から工学部への転部を学校に対して交渉。転部が成立し、大学2年時より工学部在籍が決まりました。昔から「やりたい」と一度思ったことはやらないと気が済まない性格でした。

自分の知識を使って、人の役に立つモノが作れる工学部の知識は、とても意味を感じ夢中で勉強ができました。そうして卒業後は、工学部の知識を活かし、トヨタ自動車関連の大手メーカーの設計エンジニアとして入社することが決まりました。

なぜ研究職からPR職へ転身?

トヨタ自動車関連の大手メーカーの設計エンジニアとして入社が決まり、初めて東北をでて、愛知で一人暮らしをしました。
しかし、大手企業は私にとって居心地が悪く、何万人いる社員の中の一人と思うと、やりがいを感じない日々でした。

人の役に立てている実感が湧かず、モヤモヤする毎日。エンジニアとしても、才能を発揮せず「自分は、こんな価値のない人だったんだ」と大きな挫折を味わっていました。
毎日悩み、落ち込む日々でしたが、自分の可能性を諦めきれず、「エンジニアは自分の天職ではない。他にきっと天職があるはず」と、重い腰を上げ、転職活動を始めました。

これが、人生の転機であり、今につながる決断となりました。

「会社の成長に貢献できる小さなベンチャー企業」「人の役にたつことを実感できる会社」という条件で転職活動を開始。たまたま、立ち上げ直後の会社の面接を受け、社長の熱意と可能性を感じ、入社を決意しました。未経験だったものの、従業員もわずか5名だったため、営業、PR、マーケティングと幅広く担当することになりました。

これが、PRとの思わぬ出会いでした。

なぜPRを一生の仕事に
したいと思ったか?

PRが好きというより、「社長の夢を叶えたい」、「会社を大きくしたい」という目標から、最初は夢中で働き続けました。
働くうちに、「PR」がうまく成功すると、会社に何度も劇的な売上アップをもたらしました。

会社は
入社時:年商1億弱。従業員5名。
5年後:年商120億円以上。従業員400名程度。
と急成長に貢献することができました。

小さな会社も「PR」の力で、120億円規模の会社に急成長できることを経験し、「PR」という仕事にやりがいと誇りを感じるようになりました。
個人の活躍を、新聞、雑誌等でも取り上げられるようになりました。
そうして、「PR」の魅力にすっかり取り憑かれるようになりました。

なぜ独立しようと?

会社が100億円規模を越すようになってからやりきった達成感がわき、少しずつ子供が欲しいと思うようになりました。
そうして、出産・育休・復帰。
「これからは、仕事よりも子育てを楽しむ人生を送ろう」
そう思いながら、会社に復帰しました。

しかし、自分の中で葛藤が膨らむようになりました。

PRの仕事も好きで、もっと挑戦して楽しみたいという自分。
子供は本当に可愛く、子供といる時間も大切にしたいという自分。残念ながら、会社員として働く中で、この両方がバランスよく満たされることは私には難しく、将来を考えると不安がありました。
とても悩んだ末、環境を変えようと思いました。

最初から起業家になりたかったわけではなく、両立できる働き方を模索したところたまたま独立という選択肢が残りました。

どうしてSNSで
起業をスタートしたのか?

どうしたらいいのかと途方に暮れていた時、たまたまSNSを使って気軽に起業して自分らしい人生を手に入れている女性起業家のFacebook投稿が目に入りました。日に日に、投稿を見ているうちに、「私も起業ができるかもしれない。やってみよう。」そう思えるようになってきました。

そうして、本格的にビジネス用にブログ、Facebookを開始しました。子供が2歳の時でした。

自分の得意分野であるPR。
無限のパワーと可能性があるPR。
ネット社会で情報が溢れる中、特に必要となるPR。

このPRをもっと多くの方にお伝えしようと思い、SNSを活用して、個人起業家、経営者向けPRコンサルの仕事を開始しました。

これが、SNS起業をスタートしたきっかけでした。

SNS起業をスタート
してみてどうでした?

ブログ開始後1ヶ月で、SNS起業の魅力を感じました。
SNSは全て自分のタイミングで活動ができるので子供が寝静まってからもできますし、お金もかかりません。
子育てと両立するためにも、本腰を入れようと決意し、ブログをスタートしてから4ヶ月後の2016年2月に独立いたしました。

現在は、日本唯一のPR塾を全国で開講し、高い満足度と成果により、リピート率70%を誇っています。また、法人のPRプロデュースにも力を入れており、今後はPRの力を使って、多くの女性の大きな夢を叶えるお手伝いをしていきたいと思っています。

家族との時間も楽しみながら・・・。